2015年01月25日

『ALPHABET WEEKS』

川本真琴
★★☆☆☆
■『ブロッサム』B面
■ファン人気◇◇◇ ■ライブ頻度◆◇◇


ゆるんだ,ひずんだムードで始まる時間。

主人公が,大きく手足を伸ばして,街の中をリズミカルに行進していくようなイメージ。
「街中のパレード」は,まさにこの歌の象徴だ。


当然,歌全体が前向きな気分で満ちている。
「虹色の煙」
「宙に浮かぶラズベリー色のFUDGE」
「糸が切れて羽が生えたバルーン」
高く広がる空へ伸びる視線が,そのアップテンポな気分を裏付ける。

その視線の先にある空に向かって,「消えるでたらめ」を描くことは,
「まわるメロディに舞うもの」を謳うことだという。

「まわるメロディに舞うもの」とは何だろう。

それは,
胡蝶の夢の如く, “今” と「いつか夢見たもの」との境界をクルクルとたゆたわせ,無意味化していくような,
そんな “オマジナイ” なのではないか。


「新しいステップ」
「いつか夢見たもの」
「ぜんぶやりなおせそうな」
「今はひとつ欲しいものをもってる」
主人公の眼差しには確信の煌めきがある。
それは,地上と空,現実とあこがれの隔たりを,悠々と越えていくパワーだ。


(おまけ)
個人的には,この曲こそ,メジャー最後のシングルのA面としてふさわしいと思うのだが,
もう14年前の話だ・・・。

posted by 鹿鱈 睦馬 at 22:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月12日

『ブロッサム』

川本真琴
☆☆☆☆☆
■01年10月(27歳)■9thシングル
■最高位33位(シングル9枚中8番目)
■ファン人気◆◇◇ ■ライブ頻度◆◆◇


『gobbledygook』から約半年後に発表され,
メジャーレーベルから最後に発表されたシングルのA面曲。

川本真琴は作曲のみを担当し,作詞は七尾旅人が担当している。


メジャーレーベルのシングルA面とは思えない低いテンションや,
彼女の姿がないジャケットに,
当時のファンは,『ギミーシェルター』以上に戸惑ったのではないだろうか。

今でこそ,この曲は,
彼女が自らに由って立っていく岐路にあったことを鮮烈に印象づけるが,
また,彼女の弾(はじ)き出すピアノの響きが,のちの『クローゼット』などへの飛翔を感じさせるが,
あくまで今でこそだ。


七尾旅人の削ぎ落とされた詞は,川本真琴の声を生々しく浮き彫りにする。

「正しすぎ」る歌を「聴かせないでください。」
「ふしだらだよ。僕に聴かせないでください。」
正しすぎて,そして,ふしだらな歌。
正しいことが,不誠実なことになる,つまり,うわっつらだけの歌。
そんな歌への拒絶感。

「ねえ どうしたいの?」
という問いかけは,メジャーレーベルを去ろうとする自身への問いかけとも重なるように聞こえる。

「神様がいたころ,すごい昔。」
「君の胸に,頬に,花が咲いた。」

七尾の紡ぐ言葉をなぞることが,あたかも三面鏡の中の自分に向かって呟いているようで,
それが,自己完結した,しかし閉塞した,妙に切なく,寂しい余韻を残す。

果たして花は再び咲くのか。

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2014年04月09日

『雨に唄えば』

川本真琴
★★★★☆
■『gobbledygook』16曲目
■ファン人気◇◇◇ ■ライブ頻度◆◆◇


ユーモアあふれる楽しい曲。

タイトルどおり,雨の中,足どりかるく,口ずさんでいるような唄だ。


雨は,いろいろな面倒なものを洗い流してくれる。
あるいは,「スプリンクラー」や「ピンクシャワー」が表現しているのかもしれない,主人公のサッパリとした気分そのものが
面倒なことから解き放ってくれるのかもしれない。

「君と雨に唄えば ポケットはからっぽ」


それは,
これから行こうとしていた「バイト」や
「指切り」のような日常的で個人の問題から
「核シェルター」や
「どんな国」「どんな人」「どんな事件」といった
足元から離れた遠くに感じられる問題まで
いったん流し去ってくれる雨。


「青の点滅 交差点」や「モシャな髪切りに行こう」
で気分が転換し,
「水玉のタップダンス」「ピンクシャワー」
といったハッピーなイメージへとつながっていく。


後半で,
舞台は,雨が当たらない「地下食品売場」にいったん移動するが,
これは,舞台を現実に戻すという演出だろうか?
髪を切ってサッパリした主人公が,自分が大好きなものを楽しげに買い占めている姿が目に浮かび,
「主婦と目が合う」というシーンは,コメディのような反面,
主人公の高揚した気分を際立たせる。


ユニークさが印象的な曲だが,
川本真琴流に,元気付けてくれる曲なのかもしれない。
posted by 鹿鱈 睦馬 at 00:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月20日

『TOKYO EXPLOSION JP』

川本真琴
★★★★☆
■『gobbledygook』14曲目
■ファン人気◇◇◇ ■ライブ頻度◆◆◇


レトロなアクション・サスペンス映画を観ているかのような気分にさせられる。
無数のサーチライトから逃れるようなリズムとテンポが楽しい。

「迷子になったパレード」,「錆びた遊園地」,「合成の月」など
架空の世界=NIGHTMAREを駆け抜けているのかと思いきや,
そこは,脱走すべきインチキな現実の世界なのかもしれない。

川本真琴は,そんなスリリングな逃避行劇をまるで喜劇のように陽気に演じてみせる。

行き着く果てのクライマックス=EXPLOSIONで「滑走路みたいな首都高」を見下ろすとき,
リアルとSHADOWは交錯し,世界は反転する。
「今は飛べそうな落下しそうな気分 ビピデバピデ!」


(川本真琴の詞の中に登場する「首都高」は,常に現実のほつれや裂け目を想起させるモチーフだ。
『LOVE&LUNA』の「首都高」は,カフェテリアで知り合ったカップルが墜ちていく地点だし,
『キャラメル』では,不気味な静けさが漂う深夜のファミレスから見える「メタリックな臓器」だった。)


「未来は ぼくらのこと 何て呼ぶんだろう」
情熱的な衝動の傍らにいつもついてまわる川本真琴のこのような俯瞰。
余裕ともとれるし,醒めた不安ともとれる。
いずれにせよ,そこには成熟を拒むような若さがあった。
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2011年05月07日

『ドライブしようよ』

川本真琴
★☆☆☆☆
■『gobbledygook』10曲目
■ファン人気◆◇◇ ■ライブ頻度◆◇◇

静かで穏やかな曲。
華やかな山場はなく,アルバムを通じて印象は薄い。


恋人と思しき相手に耳元でささやきかけるように歌われる。
そこで,歌われているのは,
2人の関係の蓄積を確認し,
安からぬ葛藤を経て,より強固に修復されつつある関係が,
間近に夢想される新たな縁(よすが)へと展開する予感だ。


「渋滞の八号線がずっとで,ちょっとよかったな」
と歌った『タイムマシーン』の主人公は,
「あなたとあたしはいったい何処に向かう途中だったんだろう」
と道に迷ってしまったが,
『ドライブしようよ』の主人公は,はかなくも幸せそうだ。

「夜が綺麗 まるで咲いたばかり」
序盤一節で,特異な場面設定をすます。
夜=黒を花に見立てるとすれば,それは,主人公の心象からくるものだろう。
続く“君のシャツに 色が落ちる唇”は,
そうした主人公の想いが,相手にも伝わった(共有された)かのようだ。

もっとも,その後のステンドグラスのくだりは,
川本真琴の歌にしばしば現れる“太陽と月”のイメージ,
つまり,太陽から月の世界に逃避行する二人を連想させ,
それがはかなさを感じさせる所以となる。

とはいえ,主人公の内面は,
「パズルのように割れてしまう」ステンドグラスと違って,
真夜中にも彩られる“本当のもの”であるし,
何度も問いかける「ねぇ」の優しい響きに,不安は感じられない。
「あふれている唄に紡がれている」という結びは,
2人を寿ぐ曙光の兆しである。
posted by 鹿鱈 睦馬 at 23:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

『OCTOPUS THEATER』

川本真琴
★★☆☆☆
■『gobbledygook』4曲目/『ブロッサム』3曲目 
■ファン人気◆◇◇ ■ライブ頻度◆◆◆

全体として淡い感傷に包まれていますが,
その叙述の輪郭は意外とくっきりとしています。


季節は春。時は夕暮れ。
場所は岬が見える海辺で,主人公は水着(季節的にはまだ早い?)をまとい,サンダルをはいています。
そして,この薄暗くひらけた海辺の舞台が「THEATER」に見立てられます。


2人が腰かける「屋根のない指定席」。
空に浮かぶ月を思わせる「まぁるいスクリーン」。
スクリーンを照らし出す「映写機」。
とてもロマンチックな映画館です。


しかし,肝心の映画=2人の物語が焼き付けられているはずの「フィルム」は,切れてカラカラと乾いた音を立てています。
主人公の胸の軋みです。


途切れたフィルムは,もはや何も映し出しません。
映画の登場人物たちも沈黙します。
「ずっと 選んでた言葉 ぜんぶ いらなくなった」
「窓ガラス(どこの?車?) 曇らせた後 指先 無口になった」


語るべき物語が喪失したとき,登場人物たちの存在=主体もかすんでいきます。


「悲しい」という感情さえ,カッコ付きの「『悲しい』」であり,
それは,“かつて「悲しい」と呼んだ感情”に過ぎません。
そこには,悲壮感もありません。


「なくそうとしあった」のも,「消えていく」のも,
かつて強烈な感情のキャッチボールをしてきた“あたしとあなた”という主体なのではないでしょうか。


主体を喪失した登場人物たちは,無機化(プラスティックのフリスビーだったあたしたち)して,宇宙の中心から「宇宙の片隅」に置かれています。
(ここは,文言レベルからいろいろな解釈ができる部分だと思います。)


このような主体の喪失→無機化は,『トラブルバス』あたりから始まり,『gobbledygook』以後の作品の基調となっていくのですが,
この曲は,感傷がまだ色濃く残る点で,
(ただし,その感傷も,「夕凪」,「小糠雨」,「かたっぽ サンダル」といった巧みなメタファーで,抑制的につづられています。)
過渡的な曖昧さがあり,それがぼやけた曲調と重なって,地味だけども不思議な存在感をもっています。

posted by 鹿鱈 睦馬 at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月28日

『キャラメル』

川本真琴
★★★☆☆
■『gobbledygook』3曲目
■ファン人気◇◇◇ ■ライブ頻度◆◆◇


「246沿いのファミレス」「窓に写る首都高」。
はっきりと「東京」が舞台とされています。
『LOVE&LUNA』でも「首都高」は出てきましたし,『タイムマシーン』でも「渋滞の八号線」という東京を思わせるモチーフが出てきました。
(ところで,『LOVE&LUNA』にも「首都高」という言葉がありますが,あまり必然性がない気がします。強いて言えばA面の『DNA』における郊外的なイメージに対するカウンターとしての意義でしょうか)
しかし,『キャラメル』は,夜の,静寂な,東京の一隅を思わせる空気を感じさせる点で独特です。


首都高が喩えられる「メタリックな臓器」という表現や「ウェイトレスがキッチンで眠る」という描写からは,2人以外に人の気配が感じられず,時間が止まっているかのようです。
舞台がはっきりと東京とされているだけに,その効果は大きい。
さらに,「キャラメル色の月」というポップだけど不気味な光源がそうした特異な時間と空間を決定的にしています。


構成も意識的です。
「パンケーキにしみこんだシロップ」(これは,直後の「抱き合うあたしたち」を喚起させます。)というミクロな視点から,
「246沿いのファミレス」という東京の一隅に引き,
「キャラメル色の月」というマクロな視点まで上る。
再び「窓に写る首都高」に寄せられ,眼前の「君と食べてるサラダ」まで戻る。
主人公の思索を経て,再び「キャラメル色の月・・・ロックオン!」。


月といえば,先ほどの『LOVE&LUNA』が想起されす。
退廃的な男女の1シーンを歌った点で,『キャラメル』と共通するものがあります。
ただ,『キャラメル』の主人公は,『LOVE&LUNA』の主人公のような破天荒さは,ない。
「君を失うあたしの未来」を想い,「このキスに何を誓う?」と誓いを求めているくらいです。


「ニュースが事件に気づく頃 あたしたちはもう退屈んなって」
「1秒後占う方が ずっと難しいことだって気づかない」
この2節は,「地球をはみ出すJETなモーション」をかけて,周囲を置き去りに,果ての果てまで行き着いてしまった姿でしょうか。特に印象的な部分です。


『LOVE&LUNA』では,
「あたしたち,もうループのまんまじゃいらんない」
と息巻いてたはずなのに,
「テーブルのグラスが揺れる」という不穏な兆しが「デジャブ」として立ち現れてきたところで,唐突に歌は終わります。
posted by 鹿鱈 睦馬 at 12:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月27日

『gobbledygook』

川本真琴
■01年3月(27歳)■2ndアルバム全15曲
■最高位13位(アルバム2枚中2番目)


 今こうして,このアルバムのジャケットやブックレットの写真を眺めていると,それらがこのアルバムの世界観を見事なまでに表現していると感じる。

 ジャケット表の色とりどりにむしられた花びらが曲目の華やかさと荒々しさを想起させる反面,ジャケット裏のどこかいたずらっぽい表情で振り返るようにそんな花びらを眺める彼女は,冷めた余裕を感じさせつつ,そのまま立ち去ってしまいそうだ。

 ブックレットでは,モジャモジャの金髪頭にメルヘンチックな衣装と仕草が,アルバムのエキセントリックな世界観とともに,やはりどこかアイロニックな雰囲気も漂わせる。


 繚乱する曲目は,石川鉄男の曲と安原兵衛の曲,それ以外の曲に大別される。

 石川鉄男の曲は,『桜』『ピカピカ』『微熱』のシングル曲3曲で,アルバムを通して聴く中で正直ほっとさせるポジションにある。
(少なくとも当時は)我々がよく知っている「川本真琴」だからだ。

 安原兵衛の曲は,インスト曲とヴォーカル曲に区別される。4つのインストは,考えれば考えるほどわからなくなる不可思議なものだが,例えば『ハーツソーバ』は,『ピカピカ』への鮮やかな導入役になっている(気がする)など,その意味を語ろうとすれば語れなくもない存在感があり,アルバム全体の雰囲気をスモークのように醸し作っていることは疑いない。
残る5つのヴォーカル曲については,それぞれの項目に譲るが,総じて感じるのは,このアルバムの功罪が彼女自身よりも安原兵衛の手によるところが大きいのではないかという点である。


 ブックレットの最後にある“愛してます かずりんより”という自筆を,「川本真琴からの解放」とみるのは易いし,このアルバム自体を彼女の本領発揮とみるのもおそらく正しい。

 しかし,そうであるからこそ,着地点としての,そして真に川本オリジナルな,「3枚目」が必要だったのではないか。
posted by 鹿鱈 睦馬 at 00:06| Comment(1) | TrackBack(0) | 評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月17日

『ギミーシェルター』

川本真琴
★★★★☆
■01年3月(27歳)■8thシングル/『gobbledygook』2曲目
■最高位58位(シングル9枚中9番目)
■ファン人気◇◇◇ ■ライブ頻度◆◆◇

 なめたジャケットといい,ギターベイダーといい,川本真琴が何らかのブレイクスルーを図ったことは明らかである。
 金髪にエレキギターを抱えて,いつになくぶっきらぼうに歌う姿は,ファンの度肝を抜き,そのうち少なくないファンが姿を消したことは間違いないだろう。

 もっとも,本作のような路線は,すでに『微熱』や『FRAGILE』のB面あたりから始まっており,いずれ前面に出てくることは,十分に予測できたことだった。

 本作が成功しているのは,従前のB面のような暗喩が極力排されているため,聴き手もその勢いに心地よくのっていけるという点であろう。
 一方で,その一見単純なメッセージにも,「うたかたはじけ飛ぶ どんな約束でもかまんない」に象徴されているように,彼女の永遠のテーマである“関係性の不安”が背後に潜んでいるため,陽気さと勢いに満たされた「NO SECURITY!」「ギミーシェルター!」の叫びにもどこか深みが漂う。

 また,主体を「乙女」と明確に設定している点も,『トラブルバス』で「子宮」がクローズアップされている点に連なり,特異である。
 川本真琴が歌ってきたのは,“恋愛”というよりも“関係”であったため,女性特有の湿度を感じることは稀であった。
 それゆえ,“女であること”をサラリと,押しつけがましくなく歌うこのスタンスは新鮮であり興味深いのだが,その後の楽曲ではあまり展開されていないようだ。
 

 問題作『gobbledygook』を通してみても,異彩を放っており,事実上先頭に置かざるを得ない代物である。
「あなた&あたし『生存者』」
 果たしてどれだけのファンが生き残ったのだろうか。(※けっこう生き残ってます。)
posted by 鹿鱈 睦馬 at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月22日

『トラブルバス』

川本真琴
★★☆☆☆
■『FRAGILE』B面 
■ファン人気◇◇◇ ■ライブ頻度◆◇◇

ただでさえ脆い『FRAGILE』の感傷を
容赦なく粉砕する「ズバッ!ズバッ!ズバッ!」。

たしかに「身体のすみっこで」「何かが死んだ」のだろう。
しかし,それによって手に入れた「FREE」とは何か?

「騎馬隊」を追い越し,
「ストッキング」を脱ぎ棄てる。
そんな秩序や恥じらいにサヨナラを告げてバスが向かう先が「FREE」なのか?

いや,そんなものはない。

「アクセル踏む 砂埃吸う」
「くたびれたタイヤの轍が僕らのブルース」
「バンパーの凹み のぞいた君 生きてることが冗談みたいに写ってる」

「僕らのトラベリングバス」は,その道中そのものが生の本質を刻みだすのだ。
「地球が動くのを」「浴びている」
「子宮に響くのは」「素敵でしょ」
遠くを探すな,足元を見ろ,そこに真実がある,とはゲーテが好んだ言葉だが
川本真琴もまた「STONE」以来,
日常に埋まった真実を,鋭敏に掘り起こそうとする。
少なくともひっくり返った「FREE」が,
ただの「FREE」ではない「FREE」を叫ぼうとしていることは,間違いない。

そうしたイメージを
「ジミヘンとジャニス」「煙草と偏頭痛とアスピリン」で喚起させるつもりだったとしたら
川本真琴らしからぬ陳腐な手段だったかもしれない。
(4つ年下の自称自作自演屋♀に任せておけばよい。)

それでも,
遊び心を満載しながら,均整を失わないバランス感覚は,
デビュー5年目の余裕だろう。

・・・と,思わせつつも,
最後に「クスッ」と笑みを漏らされてしまうと,
我々は煙に巻かれたような気持ちになって,
ふらふらと彼女の後をついていくのである。

posted by 鹿鱈 睦馬 at 21:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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