2007年09月06日

中川翔子『1/2』U

(→T

例えば今の中高生は『1/2』はおろか下手をすると川本真琴の名前すら知らない可能性がある。
そんな彼ら彼女らに中川翔子『1/2』はどのように届いただろうか?

幸いにして中川翔子『1/2』は単なるアニソンカバーで終わることはなく、マスターピース『1/2』の偉大さ、そして川本真琴の異能ぶりを改めて世に知らしめる出来栄えとなった。
たとえそれがあっという間に消費の渦に呑み込まれても、若い世代の何人かが川本真琴の曲に関心をもつ契機となれば、日本文化にとって幸福な出来事である。


驚いたのは、曲の本質的な部分がほとんどいじられていないことである。
中川翔子の川本真琴に対するリスペクトの大きさに、改めて感服せざるをえない。

まず、テンポが全く同じである。
もっとも、このことはリスペクトという側面とともに、曲の印象面を考慮したのだろう。テンポこそこの曲の核だからである。

次に、イントロも楽器がエレギに変わっただけで基本的に同じである。
無難だろう。

ついでにいえば“ある部分”で、しょこたん流アレンジが入るが、全然OKどころか、むしろそうこなっくちゃである。

アニソンや松田聖子が好きなだけあって歌い方は正統派。
それでいて、『1/2』の聴き込みぶりもうかがえる。

例えば1番でいえば
「あったかいリズム」の「ム」とか
「くっついてく」の「く」とか
「パンクしちゃう」の「パ」とか
正直、本人よりいい味が出ている。

一方で
「愛してる」の語尾のニュアンスや
「あたしまだ懲りてない」の「たし」のニュアンスは
もの足りない。

(なお正統的な歌い方で減殺されるスピード感は、激しいドラム音で補強するなどの工夫も見られる。)


期待以上の素敵なカバーで、中川翔子とその仲間たちに拍手を送りたい。

・・・しかし今回の比較に際して改めて原曲を聴くと、どこか寂しい気持ちになった。
「この女の子はどこにいってしまったのだろう。。」と。
無論、筆者は後期川本真琴を強く推すとともに今後のタイガーフェイクファの活躍を期待している。
しかし、前期川本真琴の喪失感はどことなく“天才の夭折”に際する感慨に近い気がするのである。
なるほど、安易に“天才”という言葉を用いる風潮に与するのは控えよう。
しかし、幼さとは違うあの危うさを秘めた歌は、やはりそうあるものではないのである。


posted by 鹿鱈 睦馬 at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/54329050
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。